適者生存と就職氷河期世代――「弱肉強食」ではなく“社会的フィット”の視点で読む

Yahoo!知恵袋に面白い回答があるとTwitter?か何かで見て、見に行ってみたら確かに興味深い視点だなと当時思ったのを記憶しています。

弱肉強食なのになぜ日本の社会は弱者も生き残れているのか。といった類の質問に対して下記の回答が書かれていました。投稿されたのが2011年との事で、24年間、干支を2週経過しても今でもこの回答をたまに思い出します。

この世は弱肉強食ではない
え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません

弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません

虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています


自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です

個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです

種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)

そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです

必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります
多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの、、、、
あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通り

「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです

そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです

10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります

「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります

人間の生存戦略は、、、、「社会性」

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です

どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました

生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)

「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ
あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です

遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです

(「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。それこそ誰にも読めないことなんです。自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能ですから)

アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです

その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです

だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです

我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです

引用元:知恵袋

面白くスッと読めてしまう文章ですよね。

冒頭の有名なコピペは、ダーウィンの誤解として広まった「弱肉強食」のイメージを鮮やかにひっくり返します。
個体は皆いずれ死に、“生き残る”とは遺伝子が次世代へバトンを渡すこと。その鍵は強さではなく 環境への適合度(フィット) です。

このレンズを通すと、今なお“失われた世代”と括られがちな就職氷河期世代(おおむね1973~82年生まれ)も、違った像を浮かび上がらせます。

目次

1. コピペの要点を30秒で整理

視点伝えたい芯
個体レベル皆いつか“食われる”。寿命差は大局では無意味。
種レベル「適者生存」=“強者”ではなく“環境に合った者”が残る。
多様性ナマケモノもチーターも OK。適応の方法は無限。
人間の戦略社会性を作る事による相互扶助で“弱者”を包み込み、遺伝子多様性を最大化。

2. 氷河期世代=“弱いトラ”か“したたかなウサギ”か?

  • 1990年代後半〜2000年代前半の新卒採用抑制で正規雇用比率は5割強にとどまる
  • しかし近年は、非正規から正規・役員へ転じた人が +21万人、不本意非正規・無業など“抜け出した”人が ▲39万人 と改善傾向。

数字だけ見ると依然「弱者」ですが、裏側では 適応戦略の多様化 が進行中です。

新たなフィット具体例
フリーランス化2024年時点で国内フリーランスは 1,303万人。副業解禁・リモート案件の増加が後押しし、氷河期世代も流入。
再スキリング国の専門窓口就職率 62.3%、トライアル雇用→常用化 3,187人。IT・介護など未経験歓迎領域で再チャレンジ。
コミュニティ型互助SNS・地域NPOでの相互支援、クラウドファンディングで起業資金を確保――“社会性”を武器に生き延びる動き。

ポイント
氷河期世代は「強くなれなかった世代」ではなく、制約下で“多様化”を先取りした世代 と読むと景色が変わるかもしれません。


3. 2025年選挙戦と「適応を後押しする政策」へ

政府・与党は ①就労・処遇改善 ②社会参加 ③高齢期備え の3本柱で支援拡充を検討中。野党も「Money / Home / Time」を掲げ、横断的な“リスタート”策を競い合っています。

着眼点:“強者化”より“多様フィット支援”

従来型アップデート案
正社員登用こそゴール契約・副業・起業など成果ベース支援(社会保険・融資設計を柔軟に)
研修→就職 の一本線学び直し ⇒ 実践コミュニティ ⇒ ネットワーク型雇用 を循環させる
“救済”のイメージ世代横断の多様性インフラ(住宅・年金・介護)で共助を促進

ここでも鍵はコピペが示す 「協働」という人類の適応戦略
世代ラベルを超えた“エコシステム設計”こそ、氷河期世代が社会に残す最大のレガシーになり得ます。


4. まとめ ─ 3行キャッチ

  1. 生存競争は“強さ”ではなく“フィット感”が決める。
  2. 氷河期世代は失われたのではなく、多様化を先取りした“実験世代”。
  3. 政治も企業も「弱者を強者に変える」のではなく、“多様なフィット”を後押しする仕組みでこそ生態系が繁栄する。

おわりに

この有名なコピペに学ぶこととして、

「適応こそ最大のクリエイティビティ」

氷河期世代の足跡を“弱さの物語”から“適応のイノベーション史”へ書き換える――
それ自体が次の時代に向けた 社会の進化ドライブ になるはずです。

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